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テキスト ボックス: 2.
弥生時代後半  国内最大級の鍛冶の村「垣内遺跡(鍛冶工房跡)」 現地説明会 Walk
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国生み神話の淡路島で、弥生時代後半 卑弥呼の時代の大鍛冶工房村が出土した
倭国から初期大和王権誕生へ 日本誕生の謎を解き明かすかも・・・
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淡路島 淡路市黒谷 2009.1.25. 0903kaito00.htm by  Mutsu  Nakanishi

2. 弥生時代後半の大鍛冶工房村 垣内遺跡 Walk . 発掘調査現地説明会に参加 2009.1.25.

 2.2.2008年度発掘調査主要部の鍛冶工房遺跡 0903kaito02b.htm

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     鍛冶工房跡が6つも密集して見つかった
 
 
    鍛冶工房跡が6つも密集して見つかった    2008年発掘調査 主要部 C-3地区 (1)  

すぐ目の前に広がる発掘調査跡は2008年発掘調査の主要部。雪で地面が白くなっているので、遺構がくっきり浮き出ている。

資料の遺構図と発掘調査跡を照らし合わせて 鍛冶工房跡とを照らし合わせる。
左手に見える円形の発掘跡SH-302・SH-303 そして 右手奥の半円に見える発掘跡SH-306 が鍛冶工房跡。
右手手前円形の発掘跡は炉跡が見つからなかった建物跡、 また中央奥 ブルーシートの手前の人のいるところに見える方形
の発掘跡も鍛冶工房跡である。
写真には見えていないがこの段の足元左手の段の下に半分顔を出している方形の鍛冶工房跡SH-301があり、
すぐ後ろ側のところにも2/3がまだ地中にある円形の鍛冶工房跡である。
この狭い場所に6つも鍛冶工房跡が密接して存在する。同時に存在したかどうかは不明であるが、びっくりである。
 
また、見慣れた竪穴建物跡というと方形・長楕円型が主と思っていましたが、鍛冶炉が出土した鍛冶工房跡のほとんどが 直径
約5〜10mの大型円形の竪穴建物で床面に複数の炉跡が見つかっている。
これもこの垣内鍛冶工房跡遺跡の特徴である。

   鍛冶工房跡が6つも密集して見つかった  2008年発掘調査 主要部 C-3地区 (2)

左手に見える円形の発掘跡 SH-302 は今回見つかった鍛冶工房跡のうち最大のもので直径10.5mあり、
少なくとも1回建替が行われ、10箇所の炉跡や12点の鉄製品や石鎚・鉄床石がみつかっているという。

また、隣接する SH-303 も直径9.7mの大型円形の竪穴建物の鍛冶工房跡で壁際からここで鉄素材と考えられる大型鉄製品
がみつかり、3つの炉跡 5点の鉄製品・石鎚がみつかっている。
 
なお 方形の建物跡の鍛冶工房跡 SH-304 は4.2mx3.0mの小さな建物跡で中央に炉跡が1つ 
そして 壁際で石鎚・砥石・鉄製品がみつかっていますが、すぐそばに土坑とそこから伸びる溝があり、
他の大型円形鍛冶工房跡とはちょっと違った役割を担っていたかもしれないという。

概要を頭に入れて、この段の右手から発掘現場に下りて、見学通路を円形の SH-304 と半円の SH-306 の間を通って
方形のSH-304を通って、大型円形の鍛冶工房跡SH-302・SH-303 のところへ行く。

 
SH-305 竪穴建物 直径5.6m 円形 鍛冶炉跡なし
鍛冶工房跡にかこまれ、別の役割を担っていたのか?
 SH-306 円形竪穴建物の小さな鍛冶工房跡
 直径5.5m 円形半分削られているが、鍛冶炉跡が1つある

                                                SH-304 方形の竪穴建物の鍛冶工房跡 
 被熱して赤茶けた色をした炉跡のすぐ横に溝のついた土坑があり、反対の壁際に砥石と石鎚が見える
  SH-302 円形の竪穴建物    直径10.5mの大型鍛冶工房跡
 柱・壁際の溝が2重であることから、少なくとも一度立て替えられている。
  床面に鍛冶炉跡が10 鉄製品12  石鎚 鉄床石が出土
  10本柱の柱跡が普通の建物に比して壁際に近く、鍛冶場の空間が広く取れるように工夫されている。
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 SH-303 円形の竪穴建物 直径9.7mの大型鍛冶工房跡  壁際から大型鉄製品が出土した鍛冶工房跡
   床面に鍛冶炉が3箇所出土  床面に鍛冶炉3 鉄製品5 石鎚が出土 
   炉跡の大きさは00X90cm ,10X80cmなど大きなものがあった
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垣内遺跡の鍛冶工房は円形の大型竪穴建物が主で、工房の内部を広くするためか 柱は壁側に近い位置にある。
そして、工房内の鍛冶炉は複数個所存在する工房が主である。
また、弥生時代中期 九州北部に鍛冶炉が伝来した当初 炉床にはきっちりした地下掘り込みがあるのに対して、
いずれの工房の鍛冶炉も地下への堀込みがなく、床面を炉床面としており、簡略型の鍛冶炉となっている。

SH-303 大型鍛冶工房跡の床面に残る被熱部     SH-302 大型鍛冶工房跡の床面に残る被熱部
       (鍛冶炉跡)                     (鍛冶炉跡)
    床面に鍛冶炉が3箇所出土               床面に鍛冶炉が10箇所出土


鍛冶炉が北部九州から 東に伝播してゆく過程でこのような炉床の退化傾向が見られるといわれ、この淡路島 垣内遺跡でも見られている。
したがって、この垣内遺跡の鍛冶炉も含め、床面が炉床となっている鍛冶炉跡では被熱による赤茶けた色に変色した床面として その痕跡をとどめている。
また、この時代 いずれの鍛冶炉跡周辺からも羽口は見つかっておらず、原始的な風の吹き込みは行われていたとしても、鞴はまだないと考えられる。

尾根筋を吹き抜ける風を利用した鍛冶炉操業が行われていたものと考えられる。
出土した鉄製品・鉄片の特定がこれからであることも含め、鉄器製造のどんな鍛冶作業が行われていたのか、まだはっきりわからない。出土した炉が高温にあげにくい炉であり、鏃が出土していることから、薄い鉄板に伸ばして、簡単な曲げ加工・鏨切断などの加工が主作業と想像している。

このような垣内遺跡の鍛冶工房跡の特徴は 他の部分で出土した鍛冶工房跡でも基本的には変わっておらず、弥生時代後半の大鍛冶工房村である垣内遺跡の鍛冶工房の特徴はほぼ下記のようにいえるだろう。
小さな尾根筋の上 主に直径10m近い円形の大型竪穴建物の鍛冶工房がいくつも密集して存在し、
鍛冶工房ないには床面を炉床とする複数の鍛冶炉があり、
石鎚・鉄床石・砥石などの鍛冶具を使って鍛冶作業を行って鉄器を作っていた。
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