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出雲神話街道の名称が見える国道54号線
雲南市を南北に貫いて松江・三次・広島を結ぶ
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6基の製鉄炉が見つかっている
「大志戸U製鉄遺跡」周辺と遺跡の位置
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午後1時過ぎに小学校の校庭に戻ってくると 校庭には
もう車で一杯。私たちと一緒の他府県ナンバーも見え、
多くの人がずらっと並んで、6台ほどのジャンボタクシーに乗り込み始めている。
後で聞いたのですが、
参加者総勢150名ほどで予想以上の多さに2回に分けて 現地説明会をするため、時間を早めたという。
やっぱり 歴史ブーム 製鉄遺跡にもこんなに多くの人
が集まるのだとうれしくなる。
私にとっても久しぶりの製鉄遺跡の現地説明会。
もらった資料を広げて、中世4基の製鉄炉が出土したという大志戸U製鉄遺跡の
概要を頭に入れる。
参加者を乗せたタクシーは国道54号線を少し北に戻
り、右に折れて、山間の中へ分け入ってゆく。
奥へ行くほど道は狭くなり、人家もとだえ、車がやっと通れる程度の道を山中に分け入ってゆく。
30分ほどの山
中の谷間に到着。
少し、谷を上ったところが谷の最上部でそのすぐ下で1基(2号炉) その手前
左手に枝谷があり、
この枝谷に入ったところで2基(3・4号炉)このさらに奥に未発掘の製鉄炉2基が見つかっている。
また、車を止めた反対側の谷の下流側
にも1基 合わせて6基の製鉄炉が狭いこの谷間の斜面上から発見されている。
すぐ北の堂々内遺跡の2基と合わせるとこの谷筋で8基の製鉄炉が見つかっている。
自動車を降りて、参加者はそれぞれ3つのグループに分かれて発掘調査地点へ。
私たちのグループはまず、3・4号製鉄炉を見学にゆく。
谷を少し上って左の枝谷に入った右斜面上に平坦地があり、発掘調査されたまま
の姿で重なり合った2つの製鉄炉跡があり製鉄炉本体と排滓土坑の端が描かれていて、製鉄炉の位置関係がわかる。また 製鉄炉の上にダンボールで作った製鉄
炉の外形模型が置かれ、製鉄炉の大きさが示され、この製鉄炉模型を取り囲んで、現地説明会が始まった。
大志戸U製鉄遺跡 重なって出土した3・4号製鉄炉周辺
製鉄炉のある平坦面の向こうが崖になっていて 排滓場 2007.10.13.
右手さらに奥からも2基未調査の製鉄炉が出 土しているという
4号炉を取り囲んで 現地説明会 炉の底に木炭とともに石が敷かれている
2007.10.13.
排滓場に捨てられている炉壁 3号炉(手前)と4号炉の重なり
この後、2号製鉄炉 1号製鉄炉など 約1時間 大志戸U遺跡の製鉄炉を前に
現地説明を聞いた。
製鉄炉はいずれも谷に沿う傾斜地を整地した平坦地に谷に面して平行して設置され、
両側に排滓土坑(一番古い2号は不明)があり、下の谷へ排滓場が広がっている同じように設計されたたたら場構造にみえる。
製鉄炉の炉床構造は時代とともにちょっとづつ異なっているようですが、
芸北の
製鉄地帯に見られるような下部防湿「床釣り」構造は見られず、むしろ古代の完成された鉄アレイ型の製鉄炉といった感じでした。
中世にたたら場の諸施設の効率的配置が完成されてゆくと聞いていましたが
たたら場の平坦部が広くきっちり確保され、製鉄炉を中心に原料置き場・排滓場が設計されており、
製鉄炉の近くに炭窯がいずれもあったようだし、たたら場の効率的配置が進められていたことが良く見てとれる。
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