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久しぶりに西播磨 古代からの製鉄の地「宍粟市千種」を訪ねる 2013.7.19.
近世(江戸時代初期から明治まで操業)の製鉄隆盛地 千種の鉄山跡
1.千種 西河内天児屋鉄山跡再訪 学習館併設のたたら公園
.天児屋たたら公園 左手道を挟んで向こうに学習館 右側山裾に天児屋鉄山跡が良く整備されて保存 2013.7.19.佐用林崎のひまわり畑で昼食を済ませて、午後1時過ぎに千種川に沿って、もと来た道を下三河の三叉路まで戻って、
山崎の方へ曲がらず、そのまま北へ千種川を千種へ遡る。千種西河内の天児屋鉄山跡まで行って、帰りは千種から東へ国道429号線の山道を山越えして揖保川沿いの波賀町へでて、
千種から南の 上三河・下野へ流れ下る千種川 気持ちよい川沿いを遡る 2013.7.19.
今度は国道29号線揖保川沿いを一宮町の安積・伊和から山崎へ出る予定。
千種川に沿って山沿いを遡るとまもなく瑠璃寺への入口を通過し、まもなく道の駅「千種」を通過。
さらに谷間を遡ると川の奥正面にバランスの良い見覚えのある千種の山 宍粟富士の名がある笛石山が顔をのぞかせ、
まもなく両岸に千種の街の家並みが見えてくる。
千種の家並みの南端 室橋の東詰で 西の岡山側と千種から東へ 岩野辺から波賀町そして福知山へと
山間を結ぶ国道429号にぶち当たる。
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何度も通った道なので不安はないが、神戸から150KM近くの距離。日暮れまでには神戸に帰り尽きたいので、
時間配分野でを考えながらのツーリング
宍粟富士の名がある笛石山が千種川の奥に見えてくるともう千種は近い 2013.7.19.この「千草」の交差点を渡ると千種の街中から外れ、また、千草川に沿って山間を奥へ遡る。
千種の街の南端 国道429号線とのクロス 千種川室橋東詰 「千草」の交差点 国道はここを右折れして岩野辺へ
ここまで来るとちょっと気温が低くなったような気がしましたが、川沿いのあちこちで 紫陽花が鮮やかな色で咲いていて、やっぱりここは高地の山間。少し季節が遅れているのだ。
そして、山間を少し走るとまもなく、千種川の本流は西へ90度曲がる角出会い橋に出る
河内 出会い橋から 左: 南から西へ 千種川本流 河内 出会い橋より 北側 三室川出会い橋の西側 ちぐさ高原方面西河内へ さらに千種川を遡る 2013.7.19. 千種川に沿って家並みが点在する西河内の坂道を登ってゆくと、西河内の「ちぐさ高原」の大きな案内板のあるY分岐。左へ行くと本流が流れる鍋ヶ谷から千種高原へ行くが、天児屋たたら公園へは右へ支流天児屋川沿いの枝谷に入り、少し登ったところの杉林の中に、天児屋鉄山跡と学習館の建物が見えてきました。道の左側 天児屋学習館の崖下に天児屋川 道の右側の杉木立の山裾に天児屋鉄山の諸施設跡が石垣に囲まれて、並んでいます。千種の街から30分弱下三河の三叉路から約1時間弱で天児屋鉄山跡の天児屋たたら公園に到着です。
【参考】近世宍粟郡千種周辺のたたら跡・鉄穴跡 鳥羽弘毅氏著「たたらと村 千草鉄とその周辺」より
.先に兵庫県考古博物館資料「西播磨遺跡 リスト & 分布図」より西播磨の製鉄遺跡を選択整理して、「西播磨 佐用・千種の主要製鉄遺跡分布」を掲載しましたが、時代別に区分できていません。今回訪れた天児屋鉄山跡にある天児屋学習館で鳥羽弘毅氏著「たたらと村 千草鉄とその周辺」に千種や宍粟郡のたたらが栄えた近世の千種・宍粟のたたら跡や鉄穴跡の分布を記載されていた宍粟郡の近世の鉄山や鉄穴の分布リストを抜き出し、参考図として下記に記録しました。大まかには西播磨の製鉄地帯の古代の中心は大撫山製鉄遺跡群を中心とした佐用。そして近世になると製鉄の中心は宍粟郡に移り、千種がその中心になります。 そして千草鉄・宍粟鉄が刀剣素材として全国に広がって行きます。先頭に戻る
● 天児屋たたら公園 天児屋鉄山跡と天児屋学習館
天児屋たたら学習館前に原チャリを止めるが、人影は見えず、静かなもの。学習館の扉は閉まっていて、今日は休館かと。
向かいのたたら跡で草抜きをしている女の人が、気がついてこちらへ。
この方が学習館の管理を預かる方で、「今日はあなたが一人目。向かいの鉄山跡一面にクリンソウが咲く6月は多くのでにぎわうが、ほかの季節は・・・」と。でも この天児屋たたら公園ができて もう随分経っているが、石垣で区分分けされた鉄山跡は本当によく整備されて美しい。
この公園が整備される前は荒れ果て、草ぼうぼうで 破れた看板がたっていただけでした。それを知っているので、「時間が経って、もう管理ができずに 元に戻ってあれはてているのでは・・・・・ 」と心配してましたが、本当にびっくり。
「こんなに良く整備されていて ありがとう」とうれしくなる。
学習館を開けてもらって、中を見学した後、向かいの天児屋鉄山の諸施設を見学。 今日はゆっくりなので、天児屋鉄山の諸施設を案内板に書かれた配置図と照らし合わせながら、鉄山山内を歩く。
天児屋鉄山全景(1)
天児屋鉄山跡の上流側へ道を登ったところから見下ろす天児屋鉄山全景(2)
天児屋鉄山跡の下流側の端山腹を登って鉄山全体を見下ろす案内板にある天児屋鉄山跡の配置図は主要諸施設が描かれているだけで、私の鉄山の諸施設配置イメージからすると石垣で区分された場所の数とあわず、また、記載された鉄山施設の中に 炭素の多い銑鉄であるケラから、再加熱鍛造して炭素を抜いて 鋼素材を作る鍛冶場(左下場)が見当たらない。 何度も案内板に行って確かめたりでちょっと戸惑う。一般的な鉄山の諸施設を見ると一番上流側にたたら炉のある高殿→その下に金池とケラ・ヒを分割する大・小ドウ場。
小割りしたヒ(銑鉄)をそのまま出荷する場合もあるが、さらに再加熱脱炭して鋼にする大鍛冶場(左下場・本場)・小鍛冶場がある。 これらの鉄生産諸施設を通って作られた鉄素材は事務所である元小屋・勘定場を通って、鉄山を出てゆく。
また、、鉄山の一角に金屋子神を祭る山ノ神がある。
上流側から下流側へのこの流れに沿って鉄山の諸施設あるはずなのですが、案内図ではこの鉄素材を作る諸施設のつながりがよくわからぬ。 ケラ(銑鉄)を小割りした小ドウ場や銑鉄のケラから鋼素材にする中心施設 大・小鍛冶場が良くわからない。
学習館で購入した「たたらと村 千草鉄とその周辺」に書かれていた天児屋鉄山諸施設配置詳細図と照らし合わせてやっと理解で来ました。
大ドウ場から道を挟んで反対側にある鍛冶小屋が、大・小鍛冶場のようだ。 また、小ドウ場は勘定場横の倉庫と記されているところにあると記載されている。学習館の前に幾つもので石垣に区切られた区画は山内で働く人たちの住居区画のようだ。
案内板のちょうど向こう正面にある斜面を流れ下ってくる小さな溝・小川で 千種川の上流側鉄山の生産施設と事務所 下流側が住居区画に区分され、中央部の小川のすぐ横の林に山ノ神が祭られている。
1308chigusa01.htm 2013.8.5. by Mutsu Nakanishi