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「初期大和王権の成立に大きな役割を演じた西播磨」
西播磨 古墳時代後期末の鍛冶炉跡が出土 有年 牟礼・井田遺跡を訪ねる 2011.2.11. 1103une03.htm 3.古墳時代後期末の鍛冶工房跡が出土した赤穂市有年 を歩いて 遺跡の中を歩きながらの約1時間 ほどの現地説明会。 知らなかった「有年」の昔を知ることができました。 弥生時代から開けた歴史ある場所。兵庫県に居ながら しかも 何度も通ったことがありながら まったく知りませんでした。 綾部山古墳群や権現山古墳群などにみる古墳時代 西播磨が初期大和王権成立に大きな役割を果たしたと知って、
そもそも なぜこの地の首長たちが 大和王権と結ぶほどの勢力をのばしたのか・・・・
播磨には 西播磨より もっと広大な播磨平野中心部があるのに・・・・・と 不思議がったのが始まり。
淡路島で弥生時代後半の大規模な鍛冶工房跡が出土し、この位置づけをめぐって ますます播磨の重要性がクローズアップ。
播磨の勢力の源に「鉄・金属」資源があるではないか
播磨には渡来技能集団の痕跡もあるし、播磨の奥の中国山地は古代からの大製鉄地帯。 そんな夢を描いて 西播磨を眺めていた時にこの赤穂市有年で鍛冶工房出土。
残念ながら まだ この鍛冶工房がどんな性格の鍛冶工房なのか また上記したような「鉄のロマン」を秘めた遺跡なのかよく判らない。
現地説明の岸本さんは 「今のところ この有年 牟礼・井田遺跡の鍛冶工房は村の鍛冶屋ではないか・・・・」とすごく控えめである。 五斗長垣内遺跡の鍛冶工房遺跡でも 同じことが言われたのですが、それなら もっと各地で鍛冶工房跡が出土してもよさそうなものと私は思ているのですが。。。。。。。 また、この有年 牟礼・井田遺跡で鍛冶工房が営まれたこの時代は大和王権がしっかり確立し、日本でも製鉄が始まり、鉄素材が広く流通した時代になっていただろう。 その素材はどこから来たのか…・ 千種川を下ってきたのだろうか・・・
現地説明の後 北側の古墳群のある山にまで 行きたかったのですが、 鍛冶工房跡の遺構につながる西側未調査部分の発掘で どんな展開がみられるのか 楽しみ。
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1103une03.htm 2011.3.5. by Mutsu Nakanishi