猛暑の8月の末 2日にわたる夏のゲリラ豪雨がおさまった8月26日
「古代のたたら跡がある」と聞く京都
大文字山南麓の山科から、古代のたたら跡を訪ねました。
この地は琵琶湖西岸を着たから南に走る比良・比叡の南端で、この山塊には古生層に花崗岩が貫入した古代の鉄鉱石資源帯で、この山科の北の背 大文字山から如意ヶ岳周辺でも古代鉄鉱石を産し、周辺の山裾には古代たたら跡が残る。
6世紀後半から7世紀大和王権の国づくりが続くなか、大陸・朝鮮半島の技術・渡来人を入れて、やっと国内で製鉄が始まる。
畿内ではいち早くこの琵琶湖周辺で製鉄が始まり、大和王権の支配のもとで、瀬田丘陵で製鉄の安定量産化技術が育まれ、日本各地の拠点へ鉄生産が移されてゆく。古代大和の国づくりに重要な役割を演じた製鉄地帯である。
『日本書紀』巻27には「天智天皇9年(670年)「是歳、水碓を造りて冶鉄す」の記事。
この記事は「堤を築いて、ダムを作って水車を動かし、この水碓(みずうす)によって
鉄鉱石を粉砕して鉄製錬を行った」と
当時の製鉄を記しているとの説がある。
この記事のとおりの水車を使ったとと思われる古代たたら跡が大文字山の南麓山科で出土していると聞く。
大陸・朝鮮半島の先端技術導入を進め、近江京を造営した天智天皇。インターネットを調べていて、
偶然「山科にある天智天皇陵に隣接する山裾にある『7世紀後半の堤・炉があるたたら跡(御陵大岩遺跡)』が
日本書紀の記事に符合するのでは??」との記事をみつけました。
そして、このたたら跡がある地は琵琶湖疏水が東から西へ渡る山科の北の山裾にある古代の製鉄遺跡群「如意ヶ岳南製鉄遺跡群」
(または逢坂山製鉄遺跡群)に属するたたら跡で この周辺には ほかにも幾つか古代のたたら跡があると知りました。
長年知ることができなかった比叡・大文字山周辺山中の鉄資源を原料とした古代たたら跡。ほぼ場所を知ることができたので、
これはぜひ自分の目で確かめたいと集中豪雨が開けた8月26日朝 京都山科にある古代たたら跡ならびに山科から古代の鉄資源帯
である大文字山南の谷を遡って大文字山に登る古代の鉄資源帯を巡るWalkにいってきました。
まったく状況が分からぬ山科の古代跡 そして山科から大文字山への登山ルートは
古代をイメージしながらの緑に包まれた静かな森歩き。
また、知っているようで知らなかった山科。
緑に包まれて山科を渡ってゆく琵琶湖疏水や天智天皇陵は駅のすぐ近くながら静かな落ち着いた雰囲気の中で、
ゆったりと森林浴が楽しめる緑おすすめの散歩コース。
初めて知った京都の古代たたら跡と山科walkを紹介します。
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