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愛媛大学東アジア古代鉄研究所 第6回国際シンポジュウム 「鉄と匈奴」聴講記録
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東西ユーラシア大陸を結ぶ金属器・鉄器文化の道 Metal Road & Iron Road 探求
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BC3世紀〜AD1世紀 モンゴルの遊牧の民「匈奴」が製鉄技術を持っていた
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日本のたたら製鉄のルーツ解明につながるかも・・・・
1311kyoudo00.htm 2013.12.5.  by Mutsu Nakanishi

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1.  第6回国際シンポジュウム「鉄と匈奴 遊牧国家像のパラダイムシフト」概要抜粋
1. ユーラシアメタルロードの探求≫ 愛媛大学東アジア古代鉄研究所資料
2. ユーラシア大陸への鉄の伝播≫  村上恭通氏基調講演より
3. 匈奴の製鉄炉跡 ホスティング・ボラグ遺跡の発掘 愛媛大 笹田朋孝氏ほか講演より
4. ユーラシア大陸の東西をつなぐ鉄の伝播路 ユーラシアメタルロード
参考 11月20日 朝日新聞 朝刊「匈奴の製鉄炉跡 ホスティング・ボラグ遺跡発見」の記事掲載
 ≪匈奴、独自に鉄生産か 中国から略奪に異説≫愛媛大などモンゴルで炉跡発見≫
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2. 【スライド動画 私蔵版】 第6回国際シンポジュウム「鉄と匈奴」
聴講中に撮影させていただ「鉄と匈奴」のシンポジュームの講演スライド
私にとっては非常にわかりやすく、興味のあるものばかりでしたので スライド動画に編集してみました。

 
愛媛大学・モンゴル共同研究チームがモンゴルで「匈奴」の製鉄炉跡を初めて発見し、発掘調査した。
 
「鉄の起源」や「ユーラシア大陸の東西を結ぶ金属器&鉄文化東伝の道≪Metal Road & Iron Road≫の探求を進める愛媛大学東アジア古代鉄文化
研究所のチームが日本・中国・モンゴール・ロシア・トルコの研究チームなどと積極的に共同発掘調査研究をすすめている。 
その過程で 愛媛大・モンゴル共同チームが、従来は製鉄技術がないと思われてきた中央アジアの遊牧の民「匈奴」の製鉄炉跡をモンゴル国内で
発見・発掘した。ビッグニュースである。
紀元前3世紀から紀元1世紀にかけて ユーラシア大陸の中央モンゴル高原に起こった遊牧の騎馬民族「匈奴」。
当時中国は「秦」「漢」の時代、この匈奴の侵入を防ぐため、万里の長城を築き、当時の先端技術ですでに大量量産の製鉄技術を確立していた
「漢」はこの技術がほかに流出せぬよう、鉄官などを置き、厳しく国家統制していた(溶融鉄還元間接法)。

匈奴が南の中国と対峙する一方、ユーラシア大陸の西では 匈奴の侵入を発端とするヨーロッパの民族大移動が起こっている。

この「匈奴」の爆発的エネルギーの根源は騎馬民族の「略奪」に支えられていると考えられていたが、
今回の発見・発掘で≪匈奴が独自の製鉄技術を有していた≫ことが、次第に明らかになってきた。
また、愛媛大が進めてきた中央アジアでの数々の共同調査で、紀元前12世紀ごろヒッタイトが発明した製鉄技術がユーラシア大陸を東伝して、
早くからインド・中国に伝わったばかりでなく、黒海・カスピ海の北岸からユーラシア大陸中央の草原を通って、
西シベリアやモンゴルにまで伝わっていることが明らかになり、古くからユーラシア大陸の東西をつなぐ、
金属器・鉄器文化伝播草原の道≪Metal Road & Iron Road≫があったということも次第にあきらかになってきたという。
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                            ---- 村上恭通愛媛大教授「鉄と匈奴」シンポ 基調講演より
この「匈奴」の時代 日本は弥生時代で鉄器時代には入ったものの、
まだ 製鉄技術はなく、中国大陸から「鋳造鉄斧」などの鉄器が使われだした時代である。
その後 移入鉄器や素材にして鍛冶加工して鉄器作りが進むが、日本で製鉄が始まるのは5世紀後半。
しかも、中国の先端技術であった溶融鉄還元間接法が広く行き渡っている東アジアの中で、
大陸・朝鮮半島と広く交流があったにもかかわらず、唯一ヒッタイトの鉄からつながる塊錬鉄直接製鉄法である≪たたら製鉄≫が始まる。
なぜ、効率よく量産できる溶融鉄還元間接法でなく、塊錬鉄直接製鉄法が伝わり、その後長くこのたたら製鉄が行われ続けたのか???

東アジアで塊錬鉄直接製鉄法が消えてゆく紀元前2世紀の漢の時代から5世紀にかけて、
この塊錬鉄直接製鉄法を受けついできた地域がきっとどこかにあるはずと。
いまだにこのたたら製鉄の伝来ルートは謎のままである。

ところが、中国では溶融還元間接法での量産製鉄をすでに始めていた紀元前3世紀から紀元1世紀にかけての匈奴の時代に、
製鉄技術を持たぬと思われていた「匈奴」は塊錬鉄製鉄法で鉄を作り、世界を駆け巡っていた。
この「匈奴」の時代 そんな塊錬鉄の製鉄技術の痕跡がユーラシア大陸中央の草原に点々とあり、
モンゴル・西シベリヤやバイカル湖周辺にも及んでいるという。

ユーラシア大陸の東西を結ぶ金属器&鉄器文化東伝 草原の道≪Metal Road & Iron Road≫が信憑性をもって語られている。
もう少しで、中国を経ずとも東アジアの日本海沿岸につながるのでは・・・・と期待が膨らむ。

このユーラシア大陸の東西を結ぶ金属器&鉄器文化東伝 草原の道≪Metal Road & Iron Road≫の発掘調査は端緒についたばかり。
発掘調査数も少なく、今回の「鉄と匈奴」のシンポでは たたら製鉄など日本との関係に触れた発表はありませんでしたが、
今後に期待が膨らむシンポジュウムでした。

「鉄と匈奴」のシンポジューム聴講中に発表講演のスライドをそれぞれ一部撮影させていただきました。
 興味ある内容がわかりやすいスライド資料にそれぞれ収められていましたので、私の私蔵版として、
 シンポジュウムの概要を紹介する「鉄と匈奴 シンポジュウム概要抜粋資料」と「鉄と匈奴 スライド動画」に
 まとめさせていただきました。
 スライド使わせていただくことお許しください。また、掲載趣旨ご理解ご配慮お願いします。
 

1.  第6回国際シンポジュウム「鉄と匈奴 遊牧国家像のパラダイムシフト」概要抜粋
1. ユーラシアメタルロードの探求≫ 愛媛大学東アジア古代鉄研究所資料
2. ユーラシア大陸への鉄の伝播≫  村上恭通氏基調講演より
3. 匈奴の製鉄炉跡 ホスティング・ボラグ遺跡の発掘 愛媛大 笹田朋孝氏ほか講演より
4. ユーラシア大陸の東西をつなぐ鉄の伝播路 ユーラシアメタルロード
参考 11月20日 朝日新聞 朝刊「匈奴の製鉄炉跡 ホスティング・ボラグ遺跡発見」の記事掲載
 ≪匈奴、独自に鉄生産か 中国から略奪に異説≫愛媛大などモンゴルで炉跡発見≫
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2. 【スライド動画 私蔵版】 第6回国際シンポジュウム「鉄と匈奴」
聴講中に撮影させていただ「鉄と匈奴」のシンポジュームの講演スライド
私にとっては非常にわかりやすく、興味のあるものばかりでしたので スライド動画に編集してみました。

なお、「鉄と匈奴」のシンポジュウムの講演発表の詳細は予講集が出ているので、そちらをご参考に。

また、11月20日朝日新聞朝刊に「匈奴の製鉄跡 ホスティング・ボラグ遺跡発見」と「鉄と匈奴」シンポジュウムの紹介記事が
掲載されましたのでご参考まで。


第六回国際学術シンポジュウム 「鉄と匈奴 遊牧国家像のパラダイムシフト」予稿集  2013.11.9.

        愛媛大学東アジア古代鉄文化研究センター

◆11月20日 朝日新聞 朝刊「匈奴の製鉄炉跡 ホスティング・ボラグ遺跡発見」の記事掲載
    ≪匈奴、独自に鉄生産か 中国から略奪に異説≫愛媛大などモンゴルで炉跡発見
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2013.12.5.   1311kyoudo00.htm    by Mutsu Nakanishi