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平城第486次 平城京 左京三条一坊一坪の調査
奈良時代前半の鍛冶工房跡 平城京建設に鉄製品供給か??

                 3つの工房に52基の炉跡 平城京 朱雀門前から大規模な鍛冶工房が出土した 2011.11.25. 

 1112narakaji00.htm   2011.12.15.  by Mutsu Nakanishi


                朱雀門の直近・南東側の平城京跡左京三条一坊から出土した平城京の鍛冶工房跡   写真はインターネットより
炉の跡や金床石(中央の出っ張った岩)などが見つかっていることから、工房のような建築物の跡とみられる
良市の平城京跡の朱雀門前で、奈良時代前半(8世紀前半)の鉄鍛冶(かじ)工房跡とみられる3つの建物跡が見つかり、
奈良文化財研究所(奈文研)が17日、発表した。平城京エリアでは最大規模の工房群という。
鉄鍛冶工房としては平城宮・京で最大で 調査区を超えてさらに北の朱雀門側まで広がっているという。
平城宮の正門・朱雀門の周辺は当時の一等地で、
奈文研は「平城京の造営期に朱雀門や宮内に鉄製品を供給していた可能性が高く、遷都直後の京の様子を知る貴重な資料」と言う。
工房群跡は朱雀門の南東約100メートルで見つかり、今年3月に出土した六角形の大型井戸跡に隣接。
周辺から大量の炭を含む、焼け焦げた炉跡が約50基出土し、土管のようなふいごの羽口も約80点出土している。
最も大きい掘立て柱建物跡は東西19.5メートル、南北6メートルで、7基ほどの炉が2列に並び、炉の中で炭を燃やし、
ふいごで風を送る構造。炉跡は地面を掘った直径30〜40センチの円形で、鉄くぎや、鍛冶や金属加工に使う金床石や
砥石、製錬などで生じる鉄滓も確認された。 さらに、工房は早期に埋め戻して整地され、更地は広場として利用された可能性が高いという。
宮域の玄関口が、平城京遷都(710年)の時期には工房として利用されたこが明らかになっリ、
また、井戸からは「天平二年」(730年)と書かれた木簡や「右相撲(みぎのすまい)」と記された墨書土器も出土し、
井戸は工房が役目を終えた後に掘られたことも判明した。  
                                                          2011.11.18. インターネット MSN 産経ニュース・奈良新聞より 整理 
現地説明会に参加したかったのですが、所用でゆけず。
11月25日(金)にちょうど同じ頃に新聞報道された「2000枚を超える弥生時代前期の水田跡が整然と並んで出土した御所市條の中西遺跡」と合わせて、
見学に出かけました。
「早く行かないと埋め戻される。開いていても ブルーシートでおおわれているだろうなあ・・・・」と思いながら、
11月25日 快晴のの昼 近鉄奈良駅前からバスで、まっすぐ西へ緩やかな坂の大通り大宮通を下る。
平城京に一番近い平城京庭園前(近鉄新大宮駅・奈良市役所のすぐ西)で下車して、そのまま西へ坂を下り、奈良バイパスの高架をくぐると 
右手奥に広がる平城京跡の一角が見え、中央部に復元された真っ赤な朱雀門が見えてくる。
右に道を折れ、朱雀門を目印に池の端を回り込むと 朱雀門の右手手前に黄色い金網に囲まれた発掘調査現場がありました。
ラッキーなことにちょうどレッカー車の上から 調査現場の全体写真の撮影中で、
ブルーシートが全部取られ、発掘調査現場全体を見ることができました。
また 調査に携わった奈良文研の学芸員の人にも出会えて、発掘調査で出土した鍛冶炉のパネル写真をみせていただき、
遺跡地図が掲載された現地説明会の資料をもらいました。
久しぶりに見る鍛冶遺跡 それも 平城京から出たと 興味津々。
現地で遺跡地図と見比べながら、奈良時代前半 平城京建設当時頃と推察される鍛冶工房跡を見学できました。

  ( この遺跡は平城遷都時代の遺跡に間違いないようですが、
    まだ 直接平城京建設のために造られた鍛冶工房であるとの結論は出せないと聞きました。)


南東角よりみた平城京の鍛冶工房遺跡 (写真奥が西側 手前が東側) 2011.11.25.
  

平城京の鍛冶工房遺跡の遺構図  現地説明会資料より  上方が北で 平城京の正面 朱雀門側である
今回 発掘調査現場では 3つの鍛冶工房が発掘され、水分を嫌う工房の周囲は東西溝と南北斜行溝で区切られている。
一番はっきりとした鍛冶工房遺構である発掘現場中央部の工房1は9間X2間の東西の棟で、
内部に鍛冶炉・金床・土坑が6〜7単位ほどで2列に並んでいるのが判る。
これらの鍛冶工房跡からは鉄製品(鉄釘1点)のほか 多数の鉄滓・約80点の鞴の羽口・大量の木炭 
そして 金床石10数点・砥石1点などの鍛冶関連遺物が出土している。
また、発掘現場の南側部分には工房と関係する建物が建っている。
また東側現場の東側部分は鍛冶工房が廃絶した後、整地されて建物が建てられ、南東角の部分に墨書が見つかった井戸のある建物が建っている。
工房の東西の区画はほぼ全体が出土したが、また、まだ北の朱雀門側へは遺構がつづいており、今後さらに発掘が進められるという。

                         最も大きい掘立て柱建物 鍛冶工房跡 工房1    2011.11.25.
      発掘現場の中央部の工房1は9間X2間の東西19.5メートル、南北6メートルの棟で、一番はっきりとした鍛冶工房遺構で、
      内部には鍛冶炉・金床・土坑が6〜7単位ほどで2列に並び、鍛冶炉は炉の中で炭を燃やし、ふいごで風を送る構造となっている。
出土した鍛冶炉の一例  奈良文研の学芸員の方に 鍛冶炉の写真パネルを見せていただいた  2011.11.25.
炉は少し掘り込まれ、周囲に粘土が貼られていた 炉の大きさなどから小さな鉄製品加工の鍛冶炉と思われ、鞴の羽口が刺さったものも出土したと


  .
    写真下側左が木簡・墨書土器が出た工房廃絶後の建物跡
工房跡から出土した鉄滓・羽口・金床石
鍛冶工房廃絶後に建てられた建物井戸から出土した墨書土器片
 この井戸から 730年と書かれた木簡も出土しているという

   発掘現場の東側から、遺跡全体を撮影中のクレーン車が見える 2011.11.25.
発掘現場の西側から

        発掘現場の南東角から 
   



【参考資料】
 1.「平城第486次 平城京左京三条一坊一坪の調査」 奈良文化財研究所 都城発掘調査部11月19日 現地説明会資料

 2. 11月17日「平城京 朱雀門前から鍛冶工房出土」を伝える新聞記事

 

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