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西播磨 歴史の町に春を訪ねる  西播磨綾部山梅林と江戸の町並みが残る坂越港 2010.3.14.
綾部山古墳群 竜野市御津町 &  秦氏の西播磨進出地 坂越  兵庫県赤穂市坂越
1004wharima00.htm  2010.4.5.  by Mutsu Nakanishi
               左: 綾部山より播磨灘に浮かぶ家島 右: 坂越湾 坂越漁港より見る家島群島小豆島
                         西播磨の海岸よりみる春の瀬戸内海  播磨灘
 
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西播磨 歴史の町に春を訪ねる  
西播磨綾部山梅林と江戸の町並みが残る坂越港

 ****** 内 容 ****** 

1.  菜の花と梅満開の綾部山観梅walk
2.
 大和王権「大和・阿波・讃岐・播磨」の連合を示す播磨の重要な古墳
3.  古代秦氏の播磨進出地 港町「坂越」walk
   赤穂市坂越西播磨名産「牡蠣」& 古い港の町並みが残る坂越
    3.1. 沖で養殖される牡蠣の加工でにぎわう坂越漁港   
    3.2. 江戸時代の港町がそっくり残る 砂越の町並み
    3.3. 坂越湾の西側へ回りこんで 金が出たという鉱山跡を探す
4. 西播磨 歴史の町に春を訪ねる まとめ
 梅・菜の花満開の綾部山 & 江戸の町並みが残る赤穂・坂越

 1. 綾部山39号墳の概要
   綾部山39号墳現地説明会資料2003年3月22日  & 現地案内板より
 2. 西播磨 坂越と秦氏が浮かび上がらせた古代西播磨の鉱物資源
   西播磨の鉱物資源が古代播磨の勢力の源泉かもしれない・・
 
  
  西播磨の春を訪ねる walk map

   ● 竜野市御津 綾部山
   ● 赤穂市坂越 坂越湾



                                          菜の花と梅満開の綾部山 竜野市御津町  2010.3.14.    

       古代には 物づくりの渡来氏族 秦氏の進出地  江戸期に繁栄した赤穂藩の商港 坂越の町並み  2010.3.14.
 
「西播磨の海岸沿い 綾部山の梅林の梅が満開」と新聞が伝えている。
また、つい先日 おいしく食べた西播磨名産「坂越の殻つきの生牡蠣」。
どちらも 西播磨の海岸沿い 神戸から 車で加古川パイパスを抜けてゆけば、1時間ちょっとのところにある。
「綾部山の満開の梅を見て、 坂越の港での焼き牡蠣食べに行こう」と家内の車をあてにして3月14日(日)朝家を出て西播磨へ。

すばらしい竜野市御津町綾部山全体を覆う満開の梅と赤穂市砂越のおいしい生牡蠣が目的なのですが、私にはもうひとつ目的がある。

この梅林が覆う綾部山には40を超える古墳群があり、特に綾部山39号墳は3世紀 大和王権成立前夜のこの地の大王の最古級の古墳で、その墳墓形式など海を挟んで南にある阿波・讃岐そして大和との結びつきを示し、播磨が大和王権成立の重要な連合国のひとつであることを示す重要な古墳。
また、その綾部山の西側相生湾の向こうに関西では有名な「生牡蠣」の産地 赤穂市坂越。
この地も古代から栄えたところで、古代には秦氏の播磨の根拠地として聖徳太子に使えた秦氏一番の有力者秦河勝の墓の伝承地であり、また江戸時代には 瀬戸内の天然の良好としてこの地の特産塩の廻船業で栄えた港で、今もその町並みを残す静かな港町として知られる。

どちらも 広大な播磨平野からすると中心地とは言いがたく、
また、古代豪族がここに本拠を構える必要場どこにあるのだろうか・・・・・・
また、播磨は吉備・出雲・阿波・讃岐などと共に大和王権成立を支えた主要な連合国。
その勢力の源泉は何だろうか・・・・

現代から見ると播磨の中心地はもっと東古代播磨国府が置かれた現在の姫路周辺と思え、どうも不思議である。

 
2月に阿波徳島の古代を見に行って 阿波特産の青石の積み石塚の古墳そして古代の鍛冶工房の痕跡を見てきたこともあり、
同じ形式の古墳である綾部山39号墳の存在が気になっていました。 

そんな折に 正確ではありませんが、
「赤穂市坂越が物づくりの渡来豪族 秦氏の播磨の根拠地でその背後にある山々の鉱物資源「金」が進出のねらいでないか・・・
 秦氏の進出地 赤穂市坂越の周辺からも「金」が出土する・・・・・・」と書かれた本に出会いました。(水谷千秋著「謎の渡来人 秦氏」)

秦氏が引き連れて渡来した工人には 大和葛城 葛城氏の鍛冶工房の中心となった韓鍛冶が数多く含まれている。
この系譜が秦氏西播磨進出と結びついているのではないか・・・・・。
初期大和王権成立に活躍した播磨の力の源泉にやっぱり鍛冶技術があったのではないか・・・・と。
古代播磨の鉄というと奥播磨千種・宍粟の鉄を頭に浮かべますが、西播磨にも鉱物しげんがあったのでは・・・・と。
そんな眼で地図を調べると古墳群がある綾部山の直ぐ北の山にも金剛山の名前がある。

そんな 古墳時代の鉄の痕跡が見つかるかもしれないと思いつつ、
綾部山の満開の梅と菜の花 そして 周囲の山に包まれた古い町並みの残る坂越と西播磨の春を楽しんで帰りました。
もちろん 坂越の生牡蠣も・・・・

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参考1 綾部山39号墳の概要
綾部山39号墳現地説明会資料2003年3月22日  & 現地案内板より
参考2 西播磨 坂越と秦氏が浮かび上がらせた古代西播磨の鉱物資源
   西播磨の鉱物資源が古代播磨の勢力の源泉かもしれない・・
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