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   山口美祢 Y さんからの 便り
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 「長登銅山遺跡」のイベント
   復元された古代の円筒炉で
    銅製錬実験が行われました 

奈良の大仏の銅を産出した 山口県美東町

    2008.4.1. 0804mito00.htm   by Mutsu Nakanishi
山口県美祢市。 秋吉台に近い中国山地の町。 かつて かつて 一緒に仕事をした事のある「おらが町」。
時折 ラジオ深夜便を聞いていると 夜中に 美祢の便りが入ってくる。何とはなしに、うれしくなる一瞬。
みんな どうしているだろうか・・・・と。 

そんな 美祢から なつかしい便り。わたしが古代のたたら製鉄を追いかけているのを知っている美祢に住むYさんから。
美祢の隣町美東町の長登銅山遺跡で「古代の製造法にのっとった銅の製錬実験が行われた」とのメール便りと新聞の切り抜きを送っていただきました。
この美祢地方は秋芳洞が中心にすわる山口県の中国山地のど真ん中 かつては大嶺炭田の産炭地として大変にぎわったところですが、銅をはじめ、銀・鉄など鉱物資源の豊富なところ。特に奈良の大仏さんの銅を供給した美東町の長登銅山は日本でも有数の古代銅山の地で、カルスト台地と共に自慢の一つ。

世界で一番先に鉄の量産を成し遂げたのが、古代の中国で 「漢」の時代には 大きな製鉄炉を造り 大きなフイゴで大量の風を送って鉄鉱石を溶融して鉄製錬を行った。
このすごい製鉄技術のルーツになったのが、どうも青銅器文明を支えた「銅」製錬の技術であることを知って、興味を持ち出したところ。
また、銅が出るところには 同時に鉄・銀・金が付随して出ることが多く、これらの採取の技術もまた銅をルーツにすることが多い。ああ そうだ。 古代の銅山は美東の長登銅山へ行けば 見れるんだ・・・と思い出しました。
そんな 思いと共に かつて仕事をした美祢地方からの便り 思いで一杯でした
ご無沙汰致しております。
今日の山口新聞を見て居りましたら、
添付の記事が載って居りました。
顔が、何故か直ぐ浮かんで、ご存知かなー。
早速 送付致します
       2008.3.12. 美祢 Y より

  
                    2008.3.12. 山口新聞より


忘れかけていたのですが、メールもらって 本当になつかしく、随分以前ですが、右のような写真をHPに掲載して、長登銅山を紹介したことなど思い出しながら、坑道に入れるなど思いもよりませんでしたが、随分変わったのだなあ・・・・と。
私が美祢で仕事をしていた頃は ちょうど 遺跡の周辺が整備され始めた頃で 「奈良の大仏の銅を産出した町 美東町」として 大仏さんの顔のイラストがシンボルマークになってはいたのですが、ほとんど見向きもされず、ひっそり静まり返った山中の道路わきに長登銅山跡の案内板があるのみでした。
中国では青銅器文明が早くから発達し、大型羽口・大量送風などの高温で、大量の銅を生産する製錬技術が早くから展開され、鉄の製錬もこの銅製錬の技術をつかって、大型の炉による高温製錬で大量の溶融銑鉄を作る製造法が早くから行き渡った。
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日本のたたら製鉄法と同じ塊錬鉄法は早くに消えてしまいました。いわば、中国では 銅製錬が鉄製錬の親。
 
中国に大量生産できる最新技術があるのに、日本に伝来しなかったのは なぜなのか・・・ 今も謎。
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一方 銅は早くに銅製錬の技術が伝わり、青銅器の祭祀の道具 銅鐸そして 卑弥呼の鏡も・・・日本での材料で早くから作られてきました。
この銅製錬の炉が円筒竪型炉。
通常 たたら製鉄というと長方形型の箱型炉がイメージされますが、早くから円筒竪型炉によるたたら製鉄も行われ、銅製錬との密接な関係があるのでは・・・?
と考えています。                         
たたら製鉄のみならず、銅製錬についても 各地で古代製錬の復元実験が行われていることは本当にうれしい限り。
今度 美祢に行くときには 是非 「長登」を 訪ねたいと思っています。
          
   2008.4.3.  長登など銅山の資料を整理しつつ
             Mutsu Nakanishi

参考
国指定史跡長登銅山跡  美東町 HPより

奈良時代から昭和35年まで採掘された日本最古の銅山跡。
奈良時代から平安時代にかけては国直轄の採銅所が置かれ、創建時の奈良の大仏には長登産の銅が使われました。
長い歴史を誇る長登には、各時代の遺跡が随所に残されています。
現地では、日本最古の坑口や花の山製錬所跡、山神社などが見学できます。
無料休憩案内所では発掘調査で出土した土器や鉱石、木簡等を展示しています。
なお、「長登」の地名は「奈良登り」が訛ったものと言われている。 

         インターネットより  
         美東町で試みられている古代復元円筒炉での銅製錬実験の様子



長登銅山跡 遺構配置  佐々木稔編著 「鉄と銅の生産の歴史」より
● 奈良の大仏の銅の分析値
● 古代の銅製錬炉の遺構
佐々木稔編著 「鉄と銅の生産の歴史」より                
      
 
 
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0804mitohtm   2008.4.5.  byMutsu Nakanishi